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==ε−δ論法==
 ギリシャ時代以来,数学において「無限」「限りなく近づく」などについては厳密に定義せずに扱われてきた.
 ニュートンやライプ二ッツによって始められた微分積分を厳密に組み立てて行く上で,19世紀になってからコーシーやワイエルシュトラスらによって確立された精密な証明方法がε−δ論法である.
1. はじめに
 以下の議論は,「後出しジャンケンでは,相手の手を見てから自分の出す手を決めることができる」という状況を思い浮かべると,よく分かる.
【例1.1】
は自然数(正の整数)とする.
「どんな自然数が与えられても,ある自然数をうまく決めれば,が成り立つようにできる」
記号で書けば,
(解説)
この例は,「自然数の最大値は存在しない」ということを述べている.
 重要なのは,の値を見てから,それに応じての値を指定してよい(子供の言い方をすれば「後出しジャンケンでズルく立ち回る」)ということで,

とすれば

が成り立つから,最大値というものは存在しないことになる.
(※もちろん,などでもよいが,1つあれば十分)
 「どんな」「どの」「任意の」「すべての」「for all」ということを表すために,全称記号を用いる.
 「存在する」「ある」「適当に選べば」「exists」ということを表すために,存在記号を用いる.
と書かれていれば,先に書いてあるMの値が決め,その後でNの値が決める.
 細かな書き方は,書物によって著者によってバリエ−ションがある.
 のように,全称記号と存在記号の間にカンマを入れる書き方もある.
 のように,式の部分をコロンで区切る書き方もある.
 後出しジャンケンは,手を出す順序が重要で

は成り立たないことに注意.
 すなわち,「あるを先に決めれば,どんなに対しても,が成り立つ」という主張は,自然数には最大値があるという主張になり,これは間違っている.(を後から決められるから,とすれば,の方が大きくなる)
 これに対して

すなわち,「あるを先に決めれば,どんなに対しても,が成り立つ」という主張は,自然数には最小値があるという主張になり,これは正しい.(とすれば成り立つ)

すなわち,「どんなに対しても,あるをうまく決めれば,が成り立つ」という主張も成り立つ.(とすればつねに成り立つが,それ以外に,各々のに応じてとすることもできる)

【例1.2】
は正の数とする.
「どんな正の数が与えられても,ある正の数をうまく決めれば,が成り立つようにできる」
記号で書けば,
この例は,「正の数の最小値は存在しない」ということを述べている.
(証明)
どんな正の数が与えられても

とおけば

が成り立つ
となる実例を1つ示せばよく,に限らず,などでもよいが,なるべく単純な例を1つ示せば証明になる.
 練習として,「ある正の数が存在して,どんな正の数に対しても,が成り立つようにできる」

は間違いだということを理解してください.
を後に決める場合,などとすれば成り立たないから

【例1.3】
…(1)
…(2)
(1)は積の演算について,すべてのに共通な「単位元」が存在するということを述べており,(2)は各々のに対して「逆元」が存在するということを述べている.
(解説)
(1)
 先にと決めると,後からどんなを持ってきても,が成り立つ.
(これは真の命題となっている)
(2)
 どんなに対しても,各々と決めると,が成り立つ.
(これは真の命題となっている.ただし,逆元はすべての正の数に共通な1つの数ではなく,に対してはに対しては,...というようにそれぞれの元に対して逆元が決まる.)

2. ε−N論法
 数列の極限は,次の形のε-N論法で定義される.
どんな正の値εに対しても,各々自然数Nを選ぶことができて,N<nとなるすべてのnに対して||<ε
が成り立つとき,数列の極限はであるといい

と書く.

とは,記号で書けば

が成り立つことをいう.
(解説)
 正の数でどんなに小さな(0に近い)値εが与えられても,それに応じて十分大きな値Nを選べば,となるようにできるとき,数列の極限はになる.
 この場合,εの値に応じて(そのεの値を使って)「後出しジャンケン風に」Nを決めるとよい.
【例2.1】
 数列の極限が0になることをε−N論法を使って証明してください.
(解説)
与えられたεの値に対して



となればよいから,
Nとして以上の1つの整数を選べば,n>Nのとき


となるから,数列の極限は0である.

【例2.2】
 数列の極限値が1になることをε−N論法を使って証明してください.
(解説)
与えられたεの値に対して

となるnの範囲をεで表せばよい


すなわち

のような方程式を無理に解かなくてもよい.
もっと鯖を読んで,楽に解ける遠い防波堤(1つの十分条件)を探せばよい
正の整数nに対して,分母を小さくすれば分数は大きくなるから


したがって
「任意に与えられたに対して,以上の1つの整数をとおくと
のとき

となるから,この数列の極限値は1である」

高校数学では,次のような数列の性質が成り立つことは「直感的に明らか」として,結果を利用するが,これらの性質が成り立つことは証明できない.この証明はε−N論法で行う.
のとき
(1)(ただし,は定数)
(2)
(3)
(4)
(5)(ただし,
例えば,(2)の証明は次の通り
仮定により,だから
どんなに対しても,あるが存在して,が成り立つ.
また,仮定によりだから
どんなに対しても,あるが存在して,が成り立つ.
ここでの大きい方をとおくと,上記の関係は両方とも成り立つから
どんなに対しても,あるが存在して,



したがって

が成り立つ.

数列の発散は,次の形のε−N論法で定義される.
 任意の値に対しても,各々自然数Nを選ぶことができて,N<nとなるすべてのnに対してが成り立つとき,数列は正の無限大に発散するといい

と書く.

とは,記号で書けば

が成り立つことをいう.
 任意の値εに対しても,各々自然数Nを選ぶことができて,N<nとなるすべてのnに対してが成り立つとき,数列は負の無限大に発散するといい

と書く.

とは,記号で書けば

が成り立つことをいう.

【例2.3】
 となることをε−δ論法を使って証明してください.
(解答)
任意の値に対して

となるnの範囲を求める
2次方程式

の解から

「任意の値に対して,以上の1つの整数をNとおくと,N<nとなるすべてのnに対してが成り立つから

となる」

※【例2.3】では,2次方程式の解の公式を使って,「ちょうどよい数」を求めることができたが,いつでもそのようにうまく求められるわけではない.次の例のような3次方程式になると難しくなる.
 証明としては「十分条件」を1つ示せばよく,境目から遠く離れた箇所に防波堤を設置してもよい.
【例2.4】
 となることをε−δ論法を使って証明してください.
(解答)

この3次不等式を解くのは難しいが,もっと鯖を読んで遠く離れた防波堤を設置してみると
のときだから

を解くと

「任意の値に対して,以上の1つの整数をNとおくと,N<nとなるすべてのnに対してが成り立つから

となる」
(もっと遥かに離れた防波堤の例)
が十分大きな整数のとき

だから

よって
となる整数nをとれば,とできる.

3. ε−δ論法
 関数の極限は,通常,次の形のε−δ論法で定義される.
通常,この形の証明には,ギリシャ小文字のε(イプシロン)とδ(デルタ)が用いられる
 任意に与えられた正の値εに対して,正の値δを選ぶことができて

とすることができるとき,
と異なる値をとりながら限りなくに近づくとき,の極限はである」といい
のとき
または

と書く.
記号で書けば

とは

が成り立つことをいう.
【例3.1】
 ε−δ論法を使って証明してください.
(解説)

となるには


すなわち

とすればよいから,
「任意に与えられた正の値εに対して

とおけば,

となるから
の極限は3である」

【例3.2】
 ε−δ論法を使って証明してください.
(解説)



が十分小さな正の値のとき

だから



だから
「任意に与えられた正の値εに対して

とおけば,

となるから

が成り立つ

 が限りなく大きくなる(無限大に発散する)ときの関数の極限は,次の形で定義される.
 任意に与えられた正の値εに対して,正の値δを選ぶことができて

とすることができるとき,
が限りなく大きくなるとき,の極限はである」といい
のとき
または

と書く.
記号で書けば

とは

が成り立つことをいう.

【例4.1】
 となることをε−δ論法を使って証明してください.
(解説)
 任意に与えられたに対して

となるの範囲を求める




「任意に与えられたに対して

とおくと

が成り立つ」から,

が言える.

【関数の連続の定義】
…(1)
が成り立つとき,関数において連続であるという.
(1)をε−δ論法を使って書くと
「任意に与えられた正の値εに対して,正の値δが存在して
…(2)
とすることができるとき,
関数において連続であるという.」
(2)を記号で書けば
…(3)
【例5.1】
 関数において連続となることをε−δ論法を使って証明してください.
(解答)

となるには



となればよいから
「任意に与えられた正の値に対して

とおくと

が成り立つから,関数において連続である」

【例5.2】
 を越えない最大の整数をで表すとき,において不連続となることをε−δ論法を使って証明してください.
(解答)

のとき
 このとき

となるから,任意に与えられた正の値に対して,
とすることはできない.
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