?UNK!

HOLLY ?UNKATEERS IN/VICE VERSA/MAdDOG/JOHNNY BOY

MAKE IT GROOVE/JET LAG/RHYTHM LAVATORY/FEELIN'

MAYBE FANTASY/DREAM INTERUDE/DEFORMATION FREAK

Haze amaze maze

SOMETHINTRODUCE/DATA-RUM/FUNKEROTIC-PSYCHADOICTELECHY

BRAIN DANCE/MAGICAL MARKET/BEST FRIEND/UP & DOWN/PSYCHOUT

MOTOR BED,THROATER HEAD/BOXTUPID/RIGHT THING/Haze amaze maze

HAPPY CLOSE/MAMA PLANET/CHEWIN'RAD(SLIGHT RETURN)

CHIP ADIP
(12inch)

Z W DUB SMILE/EASY ACTION/WILD IN THE BACKSTREET

SLOW DANCIN'/FUNK 1-30-5

アーティスト一覧

レジスタンスを思い出す時、そこにはあたしの失った者たちが連なる。それが偶然か必然かなんて知らない。人と人との出会いは全部偶然で、全部必然で、だったらあたしとレジスタンスは偶然で必然に出会ったわけだし、あっちはあたしのことなんか殆ど知っちゃいない。どころか、疎まれちまった時期もあったし。
新宿ロフトを根城に暴れていたKATSUMI(Vo)・HIROKAZ(G)・MuTARO(B)がサポートメンバーだったKAZUHISA(D)を加えてメジャーデビューしたのは1989年のことで。その彼らの初めての京都ライブに行ったのがジャムハウスのマスターしてたヒロさんだった。
当時、あたしはいろいろあって、京都のロックな人たちの根城のこの店に通ってた。とにかくヒロさんにまず認められたかった。ま、いろいろあったんだ。今思えば恥かしいだけの事情が、いろいろ…。恥かしすぎて、書けやしねェ。
ヒロさんはレジスタンスのライブに行って、小躍りしそうな勢いでメンバー連れて店に現れた。いつか一緒にやろう。やるのだ。やる。ということを、一人で大騒ぎして喚いていた。レジスタンスのメンバーはその夜は借りてきた猫になっていた。
あたしは大阪の、あれはバーボンハウス。このライブハウスも今はないが。そのことがあって少しして、レジスタンスの大阪初のライブがあって、黒のビニールレザーのマイクロミニのスカートに網タイツで一人でのこのこ行って、確かにとてつもなくステキな音だった。客はとっても少なくて、演奏のあとで酔っ払ってたヒロカズが、帰ろうとするあたしにしなだれかかってきて、おねーちゃ〜ん、買ってよ〜と言うので、ミニアルバムのメジャーデビュー版「CHIP A DIP」を買っちまった。
そのアルバムはとんでもなくて、既に彼らはロック&ファンクのミクスチャーというものに、魅力を覚えていたんだと思う。今にして思えば。タイトルからして「ファンク1-30-5」なんて、ほとんどナンナンダコレワというのも入ってたし。
だけど、中で一番ステキなのは70年代辺りの正統派ロックに、日本の歌謡曲じみた「泣かせ」の歌詞を乗っけた「スロー・ダンシン」だった。それは確か、タイトルは忘れたけれど、ボギーの映画からとってきたフレーズ。「夢を見るなら夢そのものになっちまえって言ってたよね」。当時、等身大を越えた夢を見ていたあたしは、何度も何度もその曲を、そのフレーズを繰り返して聴いた。「夢」になりたかった、あたし自身が誰かの夢に。
1990年代に明日入る日、ヒロさんは唐突にこの世を去ってしまった。あたしはそのことを、年が明けてから当時、惚れてた男に電話で聞いた。受話器握りしめて30分くらい泣いた。とてつもなくオバカな交通事故だった。情けないくらいに唐突な死だった。全然、ロックしてない死だった。
1991年、レジスタンスは関西で数回のライブを行なった。当時のバイト先で、えっと。なんだっけ?当時、わりに売れてた関西の。あ、EASY WALKERS。そのベースだったかドラムだったかの子の「彼女」してた子が、一緒に働いてた。彼女はまだ短大生だったんだけど、お嬢さんで、バンドの男と付き合ってることを反対されて家出を繰り返してた。あたしは妙に彼女に懐かれてて、で、レジスタンスのライブに連れてった。
彼女もレジスタンスを気にいって、ロジャー(カズヒサ)が投げたドラムのスティックは、彼女がゲットした。終わって楽屋に入るヒロカズに、ヒロさんを覚えてる?って聞いて、あゝ知ってるって言うから実は死んじゃってって言うと、殺されたの?って返ってきた。殺されるなら、なんかロックしててカッコ良かったんだけどねって笑ったら、殺されたんじゃないのかぁと言った。えらく不謹慎な会話なんだが、なんとなく、その場ではそんな会話でいいよ〜な気がしてた。あたしの中で、じゃヒロさん殺されたことにしようとか思ったり…。
ファンクに完全に傾斜していったレジスタンスは、ミクスチャーっぽいアルバム1枚とファンク以外の何ものでもなくなった1枚を送り出して、活動休止に入る。活動休止は、そのまま解散だった。レジスタンスの「追っかけ」してた当時の仲間の一人は、バンドの坊やと暫くつきあってたらしかった。今は消息も知らない。
イージーウォーカーズの彼女だったバイト先の女の子は、その後も何度か家出を繰り返し、イージーの東京本格進出が決まった少し前、距離をおく事にしたと連絡してきた。彼女は既にバイトも辞めてた。あたしは彼女の同級生だった、やはり同じバイトしてた女の子に彼女が行方不明だと聞いて、仕方ない。イージーのライブに行って、その「彼氏」と話した。「彼」はとても礼儀正しいイイコだったんだけど、結局、連絡先は聞き出せなかった。そして、彼女はあたしたちの前から消えてしまった。
一昨年くらいに偶然手に入れた、1997年発行の新宿ロフト20周年記念の「ROCK is LOFT」って本を繰ってると、コメントを寄せたゆかりのアーティストの中にカツミの名前があった。レジスタンス解散以来、二つ目のバンドのヴォーカルとして。レジスタンス解散後、意識的に距離を置いていたロフトに、今は戻って暴れてると書いてあった。
あたしの実家にはカツミとの2ショット写真が今もある。サインしてもらったタンクトップは未だに着てるけど、10年以上の時を経て、サインは洗うたびに薄れて、もう読めない。あたしは、もうマイクロミニのスカートを、何の抵抗もなく履ける年ではなくなってしまった。