祇園祭礼信仰記<金閣寺>
ぎおんさいれいしんこうき<きんかくじ>
 

国周描く 「雪姫 坂東三ツ五郎<六代目>」
(明治4年2月・東京市村座)

作者:中邑阿契・浅田一鳥・豊竹応律・黒蔵主・三津飲子ら合作
初演:宝暦7(1757)年2月5日豊竹座人形浄瑠璃(歌舞伎化翌年1月12日京澤村座)
構成:時代物。五段。通称「金閣寺」
一段
「大序」(松永大膳・浅倉義景らは主君足利義輝に傾城花橘を側室として迎えさせ酒色に耽らせる)
「祇園」(春永は義輝の所行を心配し、足利家のため義輝の弟慶覚に還俗をすすめる。浪人山口九郎次郎は信長に召抱えられる)
「室町御所」(大膳は義輝の母慶寿院に仕える雪舟の孫娘雪姫に恋慕するが狩野之介直信と恋仲の雪姫は承知しない)
二段
「春永本城」(祇園代参から帰った此下東吉は大膳の反逆・義輝の死・若宮輝若と慶寿院の行方不明などを報ずる。東吉は九郎次郎に代わって春永の居城の修復奉行となり瞬く間にこれを成し遂げ2000石の大名に取り立てられる)
「小田家別行」(春永は九郎次郎と側室几帳を自分を狙う明智光秀兄妹と見破るが義心をもってこれを助け味方とする)
三段
「道行憂蓑笠」(輝若は乳母侍従と共に侍従の親是斎を頼って岸野の里へ道行き)
「岸野の里」(盗賊に襲われた侍従は傷つき輝若は逃れる)
「是斎内」(かつて大膳に一味した松下嘉平次は是斎と名乗って薬屋をしているが貧乏で借金に苦しむ。しもべの新七は窮状を救おうと輝若の訴人をする。しかし松永方の代官十河軍平実は佐藤正清と東吉の計らいで輝若実は嘉平次の孫は東吉の養子となり新七は曽呂利新左衛門と改めて東吉に仕える。是斎は義を重んじて自害する)
四段
「浮世風呂」(雪姫と直信は親雪村の仇を探すため下人に身をやつして浮世風呂に奉公しているが大膳に捕えられる)
「金閣寺」(下記参照)
五段「志貴山」(東吉の軍略で大膳は討ち取られる)
解説:原名題は「祇園祭礼信長記」で織田信長時代を背景としているが幕府の指示に従って「信仰記」に改めた。全体としては信長一代記によっているが3段目是斎内の段は近松門左衛門の「本朝三国志」3段目の翻案。4段目の雪姫は同じく近松の「傾城反魂香」の趣向を借りて成立したものとされる。浄瑠璃での初演の際は人形細工師亀屋利助により木下東吉の人形の頭を京都高台寺の太閤の木像に模して作ったことなどでも人気を博し、3年越で打ち続けた。寛政8(1796)年都座上演の際、金閣寺大道具飾り付けのため、従来の破風や大臣柱を取り除いて舞台構造上の革命をもたらした。現在では4段目のみが上演されるが、座頭格の松永大膳・捌きl役の東吉・立女形の雪姫それぞれのしどころが描き込まれ、大道具のせり上げせり下げの大仕掛けも効果的である。松永大膳は国崩しという実悪として白塗り・王子の鬘・お忌衣で古怪な大きさと色気が要求され、東吉は前半で井戸の中の碁笥を碁盤で掬い取って取る見得がみせどころで立役の代表的なもの。雪姫は三姫のひとりに数えられるが他の姫と異なり武家育ちでもなければ町娘でもなく、更に生娘でもない色気が要求される。爪先鼠のくだりは人形振りで演じられることが多い。

金閣寺の場詳細筋:
大膳波形寿院を人質として金閣寺の高楼に幽閉している。慶寿院を盾に春永を討ち諸国平定の偉業を引き継ごうと画策するものの、軍を預けるに足る軍師がなく自らも金閣寺に立てこもって鳴りを潜めているというのが本音である。そこへ東吉が春永に暇をとり大膳に奉公したいと言ってきた。大膳は自分を陥れる魂胆かと疑うが逆に裏をかいて計略に乗ったと見せ東吉を召抱えるよう軍平に勧められて迎えをやり、その帰りを待ちながら弟の鬼藤太と碁に打ち興じる。
慶寿院は将軍家お抱え絵師狩野之介直信か妻の雪姫に高楼の天井の一枚板に墨絵で雲龍を描かせよと言い出す。大膳は雪姫と直信を引っ立て、直信を詰牢へ入れ、雪姫も一間に押し込めて絵を描くか閨の伽をするかと責め立てる。雪姫は墨絵の龍は家の秘密として父を殺され、絵の秘書も失って手本とするものがないと拒む。また仕えていた慶寿院の許しを得て夫婦となった直信に操を立ていっそ殺せと突っぱねる。
用心のためと東吉の刀を取り上げて戻ってきた軍平だが用心は無用と刀を返させ、大膳は東吉に碁の相手をさせる。一方雪姫は常盤御前の例にしたがい、夫を救うため心にもないことながら大膳の意に従うと言い出す。東吉は媚びたりせず勝とうとするより負けまいとするのが肝要と碁によそえて陣の備えを示す。一時は立腹した大膳だが井戸に投げ込んだ碁笥を手を濡らさず取り出せとの難題に見事答えた東吉の才知にすっかり感じ入る。しかも打ち返した碁盤に碁笥を乗せたのを信長の首実検の様というのでますます気に入り、早速、軍師として召抱えるとする。
雪姫は手本がないと雲龍が描けないとなおも訴えるので、大膳は姫を庭に連れ出し剣を抜いてみせると滝の中に龍の形が現れる。雪姫はこの剣こそ祖父雪舟が唐土で明帝から賜り、狩野家に宝剣として伝来する倶利伽羅丸と察する。雪姫の父雪村は河内国灌頂ヶ滝の下で殺され、倶利伽羅丸も奪い取られた。秘書がないと言ったのは倶利伽羅丸の所在を突き止めたいが為であり、それを持った大膳こそ仇と斬りかかる。しかし大膳は殺して刀を奪った老人を雪村とは知らずにいた。父の敵を目の前にして雪姫は鬼藤太に取り押さえられてしまう。
大膳は東吉に命じて雪姫を桜の気に縛り付け、苦しめて意に沿わせようと企む。また直信は軍平に命じて船岡山で成敗する腹積もりで縄目のまま連行する。降りかかる桜吹雪を呆然と観ていた雪姫は祖父雪舟が修行中に絵を描くのに夢中になって学問を怠った為、戒めに柱に縛られたが落ちた涙で描いた鼠が縄を食い切ったという故事を思い出す。落ちた花びらを寄せ集め足で描いた鼠は本物の白鼠となり、縄を食い切った。喜び勇んで船岡山へ急ごうとする雪姫を鬼藤太が引き戻す。その時、東吉実は小田家の侍大将真柴筑前守久吉の小柄が飛んできて鬼藤太の喉を突き、雪姫は倶利伽羅丸を奪い返す。
久吉は大膳は天下の敵なので自分が糾明すること、慶寿院の身柄も守ることを約束し、軍平に伝えてくれるよう雪姫に託す。姫は倶利伽羅丸を携え、船岡山へと急ぐ。久吉は大膳の家来を打ち倒し、桜の木を伝って楼上へあがり慶寿院の無事を確認すると味方にのろしをあげ、院を救い出す。破れかぶれになって斬りかかる大膳に軍平実は佐藤正清が槍を突きつける。久吉は改めて大膳の本城志貴に攻め込むと言い残し、別れていく。

織田信長物:信長を主役とした作品は江戸時代には殆ど見かけられない。秀吉を中心としたものには脇役で顔を出すが、殆どは暴君として描かれている。その初めは正徳頃の浄瑠璃「出世稚握虎」であろうとされるが舞台にかかった形跡はない。上場されたものでは近松門左衛門の「本朝三国志」が享保4(1719)念の作で早いとされる。その他浄瑠璃では「祇園祭礼信仰記」「三日太平記」「三国無双奴請状」「絵本太閤記」などが名高い。歌舞伎では「時桔梗出世請状」「染替蝶桔梗」などが有名だが、その暴君ぶりは浄瑠璃以上に激しい。大正以後、新歌舞伎脚本として「吉利支丹信長」「増補信長記」「安土の春」などが出るに及んで、初めて思慮深い、現代のイメージに近い信長が現れる。また戦後には「若き日の信長」がある。